邦人救出のために自衛隊法改正を検討するという菅総理の不見識を問う

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*http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1437519&media_id=4
自衛隊派遣「頭の体操」=日韓協議も検討課題―仙谷長官

「自衛隊は、動乱に巻き込まれた日本人を救出することが禁じられている」
「そんなふざけた話があるか。直ちに自衛隊法を改正せよ」
こんな声があちこちで上がっています。
菅総理までそんなことを語っています。

防衛問題について国会でもっとも詳しい石破茂議員も同じことを語っていると、マイミクあつしさんから教えていただきました。
*http://mainichi.jp/select/world/aarc/archive/news/2010/20100506org00m030062000c.html

もちろん、海外の日本人の安全を守るのは政府として当然のことです。しかし、石破さんのは意図的なミスリーディングだと思いました。

邦人救出は自衛隊法84条3項に定められているので、法改正は不必要です。それなのにあえておかしな議論を持ち出す理由はなんでしょう。

まず、日本人を助けに行けないぐらいなんだから、自衛隊には不合理なしばりがたくさんあるのだと訴える。その不合理の原因は憲法第9条と平和主義勢力の存在なので、こういうものを排除しようと主張する。こういう意図ではないでしょうか。これは危険な論理です。

そこで、間違った議論に巻き込まれないために、いつものようにデバッグしようと思いました。

まず、石破さんの論拠を箇条書きします。

(1) 自衛隊の行動はポジティブリスト方式で定められている。
(2) リストにないことはできない。
(3) 自衛隊の任務は「輸送」であり、「救出」はリストにない。
(4) 対空砲火が上がったり、そこで銃撃戦が行われているような場所には、自衛隊は行ってはいかぬということになっている。
(5)「救出」の責任は外務省にある。

なんとこれら全部、不正確なんです。
それぞれの論拠について、確かめていきましょう。

(1) 自衛隊の行動はポジティブリスト方式で定められている。
(2) リストにないことはできない。

最近よく語られている話です。
諸外国は国際法の範囲内なら限度を決めて何でも出来る(ネガティブリスト方式)。
自衛隊は決められたことしかできない(ポジティブリスト方式)。

これは間違いです。
ためしに自衛隊の「部隊行動基準の作成等に関する訓令」を確かめましょう。

部隊行動基準は、国際の法規及び慣例並びに我が国の法令の範囲内で、部隊等がとり得る具体的な対処行動の限度を示すことにより、部隊等による法令等の遵守を確保するとともに、的確な任務遂行に資することを目的とする。

これは「限度」を示したネガティブリストの一例です。
自衛隊の行動は、これこれを行えというポジティブリスト方式と、そのときに、行動の限度を示すネガティブリスト方式の併用です。
これは諸外国の軍隊も同じです。
そして邦人救出(輸送)は自衛隊の本来任務として掲げられており、武器使用基準が作られていますから、自衛隊は日本人を助けに行けるんです。

(3) 自衛隊の任務は邦人の「輸送」であり、「救出」は含まれていない。

自衛隊法は、その輸送に当たって、輸送する日本人・外国人や自分自身、輸送に使う航空機や船に危険が及べば、武器を使用してもよいと定めています。

武器を使用しなければならないほど危険な場所から人々を連れ出し、安全を守って輸送することを、日本語で「救出」というのではないでしょうか。

表現がどうであれ、肝心なのは中身です。戦略を決定し、装備を整える計画のことを、普通は軍事力整備計画といいます。でも自衛隊はそう言わないで、「中期業務見積もり」と言ってたんですよ(笑)

(4) 対空砲火が上がったり、そこで銃撃戦が行われているような場所には、自衛隊は行ってはいかぬということになっている。

イラクは「対空砲火が上がったり、そこで銃撃戦が行われているような場所」でしたが、外務省の要請に基づいて、自衛隊は実際に日本の新聞記者を「輸送」しました。

安全な場所にしか行けないことになっていると言いますが、法律が想定しているのは、武器の使用を前提にしなければならないような場所なのです。普通に日常に使う「安全」と、自衛隊や軍隊のいう「安全」は内容が違うんです。

そして隊員(兵士)の安全を図り、むやみに危険にさらしてはならないのはどこの国でも同じことです。イラクでは「任務が危険だ、安全でない」という理由で派遣部隊を本国に戻した国がいくつもあります。そんな中でも自衛隊は、日本人記者の安全のために危険を冒して航空輸送を行いました。それなのに、石破さんは何が不満なのでしょう。

(5)「救出」の責任は外務省にある。

法律的にはそのとおりです。海外にいる日本人の安全に責任を負うのは外務省ですから。
でも、これは目くらまし論法なんです。なぜそう言えるのか、事実を振り返ってみましょう。

戦乱の町から日本人を救出する計画が発令されたことが、かつて2度ありました。
いずれも輸送を要請したのは外務省で、発令されたのは海上保安庁でした。

1度目は平成10年、インドネシアから日本人を脱出させるため、海上保安庁はヘリコプター搭載型巡視船「みずほ」と「えちご」を派遣しました。その船には海上保安庁の特殊部隊SSTが待機しており、いざという時は出動する手はずでした。

翌年平成11年、やはり外務省の要請で東チモールの邦人を退避させるために、海上保安庁は巡視船「みずほ」を派遣しました。もちろんSSTも乗船していました。(SSTが乗っていたことについて、政府は国会で「今後の活動に支障を来すおそれがあると考えますので、回答を差し控えさせていただきます」と答弁しましたが、否定はしていません。)

これらの行動について、責任は外務省なんだから海上保安庁は寝ていればよいなどという議論は、一度もされませんでした。

ODAの実施も外務省の責任であり管轄ですね。でも、イラクでODA予算を執行したのは自衛隊でした。ODAの執行は外務省の責任なのだから、自衛隊には何の責任もなく、仕事もしないでいいのだ、などという議論は聞いたことがありません。

責任という言葉の範囲を隠して「管轄責任」のことだけを語り、「実行責任」の所在を語らないのは、知識不足の国民をわざとミスリーディングするものではないでしょうか。

このように、日本人救出のための法律はすでにあり、発動の実績もあり、責任問題なんか発生していません。いろいろと現状に難癖をつけるのは、あらゆる制約を取り払って、自衛隊を戦争地帯に送り込みたいからです。朝鮮半島のことで言えば、肝心なのは、日本人のいる場所が戦場にならないように手立てを尽くすことでしょう。

ところで日本人を救出するために韓国領内に自衛隊が入ることに、韓国政府や国民は同意してくれるのでしょうか。現状では、なかなか難しいかも知れません。それは自衛隊のせいではなく、歴史認識を巡る政治家の妄言のせいでしょう。自分たちの不始末を自衛隊や憲法のせいに転嫁する愚論は願い下げです。