白リン弾と姫路空襲

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白リン弾のことで風棲さんが興味深い資料を見つけてくれました。

週報 第336号(昭和18年3 月24日号)(*1)
http://www.geocities.jp/aobamil/kanchousitu/shuuhou/336.html
黄燐焼夷弾の白煙は10分くらい吸っても無害とのことで、防毒面は附けずに消火活動を行うとのこと。

はい、そのとおり、まったく信憑性がありません。昭和18年段階の日本軍は空襲というものに対するイメージが決定的に貧困です。私は「姫路空襲を記録する会」の会員で、「平和のための戦争展」を開くときにその件をよく調べたので分かります。姫路空襲で主に使われたのは白リン弾ではなくて油脂焼夷弾ですけど、良い機会なのでここにまとめておきます。

■姫路空襲の規模

写真:空襲で焼け野原となった姫路市街地

風棲さん紹介の『週報』にこう書いてあります。

>防護に何より必要なのは大量の水。大型焼夷弾が落下したら1分以内に5-6名が駆けつけ、相当に大量の水を必要な点にかけなければいけません。
>消火時には火焔やガラスなどの破片から身を守るために手袋、足袋、頭巾、靴、下駄が必須。

はっきり言って、こんなことしてたら死にます。

空襲とはどういうものだったか。姫路を空襲したのはテニアン島の第313航空団のB29、107機。使われたのはE46といって、M69焼夷弾を38発束ねたものです。E46は合計2,733発落とされました。M69焼夷弾が103,854発も落とされたことになります。

姫路市の人口は当時約10万人でした。人口一人当たり焼夷弾1発となります。こんな物量の大規模空襲など、昭和18年には予想もしていなかったでしょう。

写真:遠くに姫路城が望めます

この攻撃がどれほど凄まじいものか、東京大空襲と比較してみます。3月10日の東京大空襲はB29が325機、投下した焼夷弾は38万1300発といいます。姫路の市街地は東京よりはるかに狭いのに攻撃規模が3~4分の1(*2)なのですから、攻撃密度がケタ外れだったのです。家をなくした罹災者が45,182人ですから、人口の半分近くが家を焼かれたのです。

■姫路空襲の死者が少ない理由

写真:今は駅前の繁華街となってる場所です

死者数は東京が8万3000人に対して姫路が173人でした。この違いはなぜかというと、姫路市民は取るものも取りあえず、防空壕にも頼らず、ともかく警報が鳴ったら逃げたからです。そういう命令が出ていたんです。姫路市でも政府の指示で消火訓練をしていましたが、各地の空襲経験からとても消火活動なんかできるものではないと当時の阪本市長が判断して、軍部の非難を意に介さず独断で「焼夷弾で空襲されたら消火しないで逃げろ」と市長命令を出していたそうです。

消火なんかしていたら姫路の死者はもっとすさまじい数になっていたことでしょう。「手袋、足袋、頭巾、靴、下駄」と書いてありますが、こんなもの、何の役にも立ちません。こんなマニュアルは人に死ねと言ってるのと同じですよ。というようなマニュアルですから、ガスの有毒性についても当てにならないと思います。

■軍事知識だけがあっても駄目な理由

写真:姫路市にある「全国空爆都市戦災死没者慰霊塔」
全国の市民の寄付で建てられました。

最後に、あまり重要でもないけど指摘。『週報』にこう書いてあります。

>20キロ油脂焼夷弾
>通常の鉄筋コンクリート造陸屋根を貫通、木造建屋は二階建てでも床まで貫通、床下で発火。

これはヨーロッパ戦線で使われたM50などの焼夷弾のことなら正しい記述です。しかしM50などは石やレンガ屋根をぶち破って屋内で発火させるための焼夷弾ですから、日本家屋だと屋根を貫通する力が強過ぎ、床下の土の中に深くめり込んだら発火しても燃焼効率が悪いということで、米軍は日本の木造家屋に適合したM69を開発しました。M69は日本家屋の屋根を突き抜け、畳で止まる程までに貫通力を弱めることに成功しました。それで焼夷効果が100%発揮されました。

軍事専門家はデータをたくさん持っています。しかしそれを現実に当てはめる想像力、その兵器が人間に向けられるのだという想像力、敵の出方を読む想像力、こういうものがなければ、どんなに詳しくデータをそろえても何にもなりません。石破さんとかネットにたくさんいる軍オタの弱点がそこにあると私は思っています。自民党防衛族はそれ以下ですけどね。

*1:日本政府が発行した週刊のパンフレット(政府広報)。収集整理した人が、自身の文章で紹介しているので、「……消火活動を行うとのこと」と言った表現になっている。

*2:東京大空襲は参加機数が姫路の3倍なのに投下された焼夷弾が4倍になっている理由はわかりません。姫路の数字は米軍の作戦計画書と評価書を元にしていて、積載数ではなく実際に投下された数字を上げています。東京は別の数字(積載数)かもしれません。