従軍慰安婦は高給取りなのか(3)

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「従軍慰安婦は高給取りなのか(2)」

高給取り説の根拠は他にもあります。 元慰安婦の文玉珠(ムンオクス)さんが慰安婦をしていたときの稼ぎを軍事郵便貯金として26,145円を貯めていて、その返還を求めようとしていたのですが、彼女は果たせないまま亡くなりました。これは現在の通貨にして数千...

にエジプトさんから以下のコメントがつきました。

ただ一つ疑問なのが文玉珠さんは5000円を家族に送金したと証言していますが、この5000円の価値がどうも分かりません。文玉珠さんは軍事郵便貯金をしていました。一般郵便局と違い軍事郵便貯金は実勢レートではなく、公定ルートで軍票を通常の円に交換しなければならない決まりになっていました。実勢に関係なく公定ルートで交換されるので軍票の価値は現地のインフレに左右されません。そして5000円も公定レートで交換したのだと思われます。「当時の5000円はやはり大金じゃないか」となってしまいます。この5000円の謎が解明できれば完璧な論になると思います。

文玉珠さんが5000円を家族に送金したと書いている件について私が言及していないのは、送金の時期と方法が不明だからでした。どなたかご存じでしたら教えてください。(追記:むうみんさんが教えてくれました。)

さて、そうは言ってもせっかくのご質問ですので、私の意見を述べたいと考えます。エジプトさんは質問の中で軍事郵便貯金に触れておられます。その内容に誤解があるようなので、まずこれを訂正したいと思います。

軍事郵便貯金とは

その前に軍事郵便貯金というのが何かの説明をしておきましょう。これは郵便貯金と名がついていても、郵便局の貯金ではありません。軍事郵便局というのは軍の機関です。預ける通貨は軍票(南発券と称されました)でした。文さんのいたビルマは通貨がルピーなので、ルピーの軍票が発行されていました。
下の写真が軍票です。

1ルピーは1円と数えました。軍事郵便貯金通帳に「100円」などと表示されていれば、それは「100ルピー」のことなのです。しかしこれはあくまでも公定レートであって、現地では実勢レートで取引されていましたし貯めたルピーを円に替えることは禁じられていました。

軍事郵便貯金は換金できなかった

軍事郵便貯金が公定レートで交換できたのは軍人・軍属だけでした。軍人・軍属の給料は戦時予算で手当されていましたので、円の裏付けがありました。ですから公定レートで交換できたのです。しかし民間人の交換は禁じられていました。なぜなら、日本軍が物資を調達するために大量発行した軍票には、円の裏付けがない。そんな軍票を大量発行したので現地はインフレになりました。このインフレが国内に波及しないように、政府は軍票と円の交換を禁じていたのです。現地がどれほどインフレで苦しもうと、日本だけは安泰という身勝手なシステムを作っていたわけです。この操作には横浜正金銀行が使われました。

このことを示す資料をコメント欄に2つ示します。
*資料1:中外商業新報の記事
*資料2:昭和17年1月20日 閣議決定「南方経済処理ニ関スル件」

軍事郵便貯金は送金額が限られていた

しかしまったく交換できないのでは、現地に駐在する民間人が日本にいる家族を養えません。そこで限度を定めて軍事郵便為替で送金することが認められていました。これの換金率は1:1でした。民間人の送金は1回10円以内、一カ月100円以内の制限がありました(日中戦争時)。

三菱経済研究所の調査による東京の平均的労働者世帯の生計費が1944年でちょうど100円です。
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji1/rnsenji1-128.html

文さんは郵便為替を使っていない

文さんが送金したのはアユタヤの病院からだそうです。45年4月以降ですね。為替送金ならば一度口座に入金してから送金することになるので取引履歴に表れるはずですが、その形跡がありません。軍事郵便が機能停止していたのかも知れません。本人は送金したつもりだったのですが、送られていなかったんですね。

文さんは大金を貯めたのか

送金できたかできなかったかはともかく、文さんが貯めたという5000円とは、その時点で実際にはいくらぐらいの価値があったのでしょう。

むうみんさんが「従軍慰安婦は高給取りなのか その2」のコメントで実勢レートを計算してくれていますので、それをもとに確かめて見ます。

昭和20年4月~6月で約17円。
昭和20年7月~9月で約3円
子供の小遣いです。

文さんは価値のなくなった軍票を「つかみ金」のように渡されたのですが、朝鮮に帰れば5000円の軍票には5000円の価値があると思いこんでいたのですね。

占領地がどれほどのインフレであったか、中国戦線ですけど参考資料を「*資料3」としてコメントに掲載します。中国中部では「儲備券」という名の軍票の価値が2400分の1になっています。


*資料1:中外商業新報 1942年4月18日
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00818379&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA

軍票物語(6) 南方での完全通貨 将来の通貨制度の礎
南方現地通貨 軍票等価流通
「これ等の軍票は何れも在来の現地通貨と等価で流通せしめているが、日本円とこれ等軍票並に各地域の軍票相互間の関係は差当り日本と南方諸地域間並に諸地域相互間の自由な資金交流を認めぬ建前であるため、一般的な交換比率は決定していない」

「自由な資金流通を認めぬ」と書いてありますね。

つぎに(1) 「近代戦に重大役割 当初は単純な徴発証券」の“軍票発行の利益”には軍票の利点があけすけに書いてあります。

  1. 紙の印刷だから便利である。(硬貨は重い)
  2. 通貨の節約になる。
  3. 通貨増発をふせげる。
  4. 歳入がなくても支出ができる。政府がいくらでも増発できる。
  5. 通貨と独立させることでインフレ防止になる。

以下がその引用。

軍票物語(1) 近代戦に重大役割 当初は単純な徴発証券
軍票発行の利益
以上によって日清戦争当時における軍票の機能乃至目的を大体察知出来るが、日露戦争が勃発して愈愈実際に軍票を発行する際政府が軍票発行の趣旨及び利益として示したのは次の諸点であった

一、 戦地に於て銀の流通する地方に於て、船車馬人夫賃その他軍費の支払をなすに当り、一々硬貨を以てするときは運搬、保管出納等に就き手数、労力、時間及び経費を要すること甚大なるものあり、現銀と引換うべき支払証票を以てする時は頗る便利なるべし
二、正貨を節用し得べし
三、兌換券の増発を防ぎ得べし
四、政府自らこれを発行する理由は元来同切符は紙幣に非ず、国債にも非ず、即ち歳入を以てこれを決算すべきものに非ずして国家が軍事支出の一方便として予算の範囲内に於て為す経費支払の一方法に外ならざるを以てなり、満洲における土人は銀行券よりも寧ろ政府発行に係るものを特に信用す、仮に銀行をしてかかる軍用切符を発行せしめ、政府これを利用せんと欲せば政府は銀行より之を借入れるか、或は同額の正貨を銀行に交付せざるを得ざるなり、従って政府にとり何等の益なかるべし
五、戦況の一時の消長により軍用切符は或は一時その信用上に影響を受くることあらんも、一国の貨幣制度とは別に独立せるを以て幣制に累を及ぼすことなし


*資料2:
南方経済処理ニ関スル件(議会ニ於テ必要アル場合進ンデ説明スル要旨)
*http://www.ndl.go.jp/horei_jp/kakugi/txt/txt00374.htm

(三)通貨については……
従って当分の間は本邦と現地との間に特殊の場合を除いて原則として資金の移動を認めないこととすると共に・・・

以下、原文です。

(三)通貨ニ付テハ当初ハ現地通貨標示ノ軍票ヲ使用シ現地通貨ト等価ニ流通セシメ、情勢ニ応ジ逐次現地通貨ト軍票トノ機能ヲ調整シ其ノ統一ニ進ム方針デアル
従ツテ当分ノ間ハ本邦ト現地トノ間ニ特殊ノ場合ヲ除キ原則トシテ資金ノ移動ヲ認メザルコトトスルト共ニ資源開発等ニ要スル資金ハ現地ニ於テ南方開発金庫ヨリ円滑ニ之ヲ融通スルコトトナツテイル


*資料3

第019回国会 郵政委員会 第12号
昭和二十九年四月三十日

政府委員(小野吉郎君)
軍事貯金につきましては中国関係の預入が非常に多いのであります。北支、中支、南支が、これが全体の約九四%ばかりを占めております。而もその中で今回の換算率で行きますと、換算率の一番高いものと申しますか、中支地域でありますが、まあ二千四百分の一になるわけであります。尤も郵便貯金は終戦当時のレートで円表示になつておりますので、当時の百元を十八円に換算して通帳に記載してあります。そういつた関係で、通帳面で言えば二千四百分の一になるわけじやなく四百三十二分の一になるわけであります。これは丁度もとのものが二千四百分の一に換算される、このような結果になるわけでありますが、そういつた面で、中支方面の関係におきましては、かなり換算率によつて支払い金額は少くなりますが、これは儲備券が非常に下落をした、こういう実情に対応するものでありまして従つて仮に十万円の貯金を持つておりましても、額は非常に少くなるというような計算になるわけであります。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/019/0806/01904300806012a.html