戦争を止めた兵士の話 ブーゲンビル1997

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未来バンクの田中優さんのメールマガジン(転送・転載可)から抜粋します。
「戦争を止めた兵士」のことが書かれています。
みなさま、ぜひご一読願います。

田中優より

あまりにびっくりしたので、急にメルマガを出したいと思いました。
以下はぼくの岩波ブックレット、「戦争って環境問題と関係ないと思ってた」のあとがきです。このあと多少手直ししたから、本そのものの文とは違っていますが。

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最近、ブーゲンビル島で元ゲリラ兵士だったジェームス・タニスという名の友人ができた。彼はゲリラ兵士ではあったが、実はその戦いを終結させた人物でもある。誰も知らない無名の一人にすぎないのだが。

ブーゲンビル島と言っても、戦時中の話に詳しい人以外では誰も知らないことだろう。ブーゲンビル島はオーストラリアの北、パプアニューギニアの東にある人口30万人ほどの小さな島だ。地理的にはソロモン諸島に近く、文化的にもその一部にある。しかしソロモン諸島の一部になるべきブーゲンビル島には、不幸にもとても価値ある資源が眠っていた。鉱物だ。銅鉱山があるのだが、実際に掘られているのは金やダイヤモンドだと言われている。何よりそれらの鉱物は直接イギリスに送られてしまうから、調べようがないのだ。そして掘っている鉱山会社にとっては、価格の安い銅を掘っていることにしておいた方が都合がいい。

この鉱山があるために、ブーゲンビル島はソロモン諸島にされず、パプア・ニューギニア(以下バブアと省略する)の支配下に置かれた。パプアは実質的にイギリスに支配された国であり、未だに英国連邦の一員である。イギリスの持つ世界一の鉱山会社「リオ・チント・ジンク」の子会社がこの鉱山を掘り、それがパプアの外貨の6割以上を稼ぎ、国家財政の2割を生み出していたのだ。

しかしこの鉱山開発は極めて環境破壊的なものであった。水も土地も海も汚染され、ちょうど足尾銅山のような状況を呈していた。それに反対した地主たちは、鉱山会社に土地の返還を求めたが、支配するパプア軍はそれに対して徹底的な抑圧で応えた。度重なる人権侵害と抑圧の元、組織されたのが「BRA」(ブーゲンビル革命軍)というゲリラ組織だった。タニスが属していたのはその団体だ。

ところが彼は、その戦いを続けながら疑問を持った。ブーゲンビル島にはわずか30万人の人口しかおらず、戦い合う兵士は互いに友人だったり、親戚だったりする。それなのに互いに1万人以上を殺してきた。「本当の敵は他にいるのではないか」と。

部隊長だった彼は、兵士たちに「相手の軍の頭の上を狙え(つまり空砲のように相手を狙わない)」と命じた。そして彼らは敗走する時、たとえば建物の壁に「WE LOVE YOU」と書いた。敵の兵士たちも、なぜ殺そうとしないのかと疑問に思い始めた。

次に彼は敵の兵士を見つけると、笑顔で手を振って、その後に走って逃げるという行動を取る。さらにはチラシを降らせて敵軍に不戦の意志を伝えていく。次第に殺し合わない状況が前線に生まれ(これは台湾と中国の間の、金門島周辺でも同じようなことが起きている)、互いに話ができる状況が生まれた。

ついに話ができる場が生まれると、彼は敵軍の兵士たちにこう話した。

「本当にオレたちは互いに敵なのか? 他に本当の敵がいるんじゃないのか」

こうして次第に「前線」とは名ばかりの停戦状況が生まれてくる。互いに殺し合いのではなく、互いに認め合い始めたのだ。

しかし、それによって鉱山開発が進められなくなったイギリスは怒った。英国連邦の一員であるパプアは97年、国防軍の訓練と革命軍壊滅を、英国の民間軍事請負会社であるサンドライン・インターナショナル(SI)社に依頼する。その契約には、紛争の元となった鉱山会社も同席している。しかしこれに反対したのがパプアの国防軍だった。彼らと住民の抗議によって、契約は中途で放り出され、SI社の社員(実際は傭兵だった)は監禁されて追い返された。これがきっかけとなってブーゲンビル島の内戦は終結。和解し自治政府が認められた。2015年には独立投票が行われる予定だという。

しかしなぜ、パプアの国防軍がゲリラの壊滅作戦に反対したのだろうか。これは想像だが、タニスが作り出した状況がそうさせたのではないだろうか。敵同士ではない、人間同士のつながりが。

ただの「敵」なら何人だって殺せるだろう。しかし親しい友人・知人だったら……。パプア政府は人懐こい笑顔のタニスを、停戦を生み出した友人であるタニスを殺そうというのだ。それを容認することは、自分を壊すことを意味したのではないか。タニスは武器を自分たちの上官に差し出し、「オレはもう女子どもを殺さない、殺すなら自分でやってくれ」と言ったという。相手の兵士にも自分の武器を差し出し、「オレをその銃で撃ち殺してもかまわない」と言ったという。

「なぜそこまでできたのか」とタニスに訊くと、彼は「オレは平和のためなら死ぬのはかまわないが、戦争で死にたくなかったんだ。臆病だからね。だから一生懸命考えたんだよ」と答えた。

笑いながら話す彼の目からは、ずっと涙が溢れ出ていた。

ぼくらはタニスのようになれるだろうか?

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以上が、「戦争って環境問題と関係ないと思ってた」のあとがきです。

そのタニスとパプアニューギニアのホテルで飲みながら話していたとき、一緒にいたのはマエキタミヤコさんだった。彼は突如、「パプアニューギニア政府と交渉したのは、このホテルの隣の部屋だったんだ」と言い、「実はこの国に入ったとき、ホテルまで尾行がついて航空券を盗まれた。今もオレはこの国ではテロリスト扱いだから。いつ殺されてもおかしくないんだ」と話した。

「戦争以来、オレは夜ぐっすり寝られたことがないんだ。夜は急襲される時間帯だからね。朝までいつも起きてたんだ。だから今夜も眠れない」と言う彼を、マエキタさんと二人で部屋まで送っていき、部屋の中を隅々まで調べてから寝かせた。彼が少しでも恐怖感から逃れられたらいいと思って。その夜の眠りはぼくも浅いものになった。しかし何事もなく翌朝になり、タニスは寝坊して遅れて部屋を出てきた。

「眠れたの?」と聞くと、「昨夜はぐっすりだったよ、珍しく」と、人懐っこい笑顔を見せながらタニスが言った。

そのタニスが、なんとブーゲンビル自治政府新大統領になったそうだ!!!

NNNニュースダイジェスト
2008/12/30 18:26
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200812301826322

ブーゲンビル自治政府新大統領にタニス氏
【メルボルン30日NNN=ベルマナ通信】
パプアニューギニアのブーゲンビル自治地区の大統領選でジェームス・タニスが当選した。

記事はパプアニューギニアのポスト・クーリエ紙(2008/12/29)からの引用で、11月の補欠選挙でタニスが当選したという。1年半後には本選挙が実施される予定。2005年に自治政府が設立され、今後ブーゲンビル島の独立も含めて住民投票が行われることになっていると伝えている。

パレスチナでのイスラエルによる大虐殺のせいで夜も眠れない悲しみの中、それでも世界は動いていくのだな、と少しだけ灯りがともる気がした。

田中優さんのメールマガジンは以上です。