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これは現在進行中の話です。
出来の悪い亭主と別れて一人で子どもを育てていた女性がいます。子どもはようやく働き始めましたが、このご時勢ですから手取り10万円程度しかありません。しかしそれでもようやく一息つけたと喜んでいた矢先です、昨年初めに、彼女はガンに罹っていることが分かりました。
治療費がかさみ、赤貧洗うが如き生活に戻ってしまいました。そのうえ昨年暮れから体調が悪くなって、今年初めから働ける状態でなくなりました。会社に休職届を出して、市役所に生活相談に行きましたが、福祉課の窓口で、けんもほろろにあしらわれたそうです。
私が関わったのはここからです。
生活保護を出せない理由は、家賃が高すぎて基準を超えているからというものでした。そんなことは保護申請を受け付けない理由になりません。基準を超えた部分は、受給者が任意に支払えばいいだけのことです。そして最低の生活をまず確保して、その後に家賃の安い転居先を探せばいいのです。
しかしまあ、今回は幸いにも、すぐに市営住宅が見つかりました。入居が決まれば、すぐにでも保護開始決定が受けられることになりました。ところが数日後に女性から連絡があり、市住に入居できないと言います。電話口で涙声になっています。理由を尋ねると、入居には在職証明が必要なのに、会社が出してくれないのだと。会社の言い分は、こうです。
「何とかしてあげたいが、決済権限は東京の本社がもっており、こちらで融通をはかることができない。本社の考えは、規定で休職期間は一カ月となっており、それを超えるなら辞めて貰うしかないところ、すぐ辞める人に在職証明は出せないというものです。本社に事情を説明するにも、決済を貰うにも、日にちがかかりますので、いずれにせよいますぐにはどうにもなりません」
市役所の住宅課に電話して対話しました。
「在職証明はどうして必要なのですか」
「今後、家賃の滞納などが発生しないように、働いて収入を得ていることを確かめるためです」
「それは生活保護が決まればクリアできることでしょう」
「でもまだ保護決定が出ていません」
「保護決定を貰うのに、市住入居が条件だと言われているんです。市住の入居に保護決定が必要だとなったら、一体どうすればいいんですか」
「しかし規則ですから。」
うわわ、これはカフカだわ。
カフカの「城」の世界だ。
不条理小説の世界が、現実にここに存在する!
「市住はどういう人のために建てられているのですか。経済的困難を抱えている人のために、安価で優良な住居を提供するためですよね」
「そうです」
「この人は病気で職を失いかけていて、緊急の保護が必要なんです。保護の決定には市住入居の決定が必要なんです。ところが、いまの手続きでは、もっとも経済的困難を抱えている人こそが、入居資格を満たせなくて入居できないことになるのではありませんか」
「制度の趣旨と手続が矛盾しているといわれればその通りですが、規則ですから」
しかし30分にわたる交渉の結果、在職証明に代えて源泉徴収票と給料明細で就労の事実を確認して貰えることになりました。
あと何点かの必要書類を整えて、女性は明日、もう一度住宅課と福祉課に申請に行きます。おそらく手続はクリアできるでしょうが、女性はまた難しい条件を追加されないか、不安なようです。窓口で何か素っ頓狂なことを言われたら、その場で電話してくるように伝えました。直接電話で交渉するから不安がらないようにと言うと、やっと安心してくれました。
多くの市民は自分に出来ることはどうにか自分でしようと苦労しています。ギリギリの所まで追い詰められて、ようやく市役所に相談に行くのです。抱えきれない不安を抱え、税金のお世話になることに後ろめたさも抱いていて、どうなるのかわからない明日に怯えています。そういう人に、木で鼻を括ったように規則を振り回すのがどういうことなのか、お役所には分からないのでしょうか。
こんな風にあしらわれて、もう首をくくるしかないところまで追い詰められている人が、日本中にどれほどいることだろうかと、いま、暗澹とした気分でいます。