だれが特攻を命じたのか

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今日の日記は「東條由布子さん いま何をしていらっしゃるのかな?」

いや、驚いた。てか、自分が世間知らずなんだけど。 東條由布子さんて、いるじゃないですか。東條英機のお孫さんとして有名な、あのおばあさん。あれって、本名じゃないんですね。本当の名前は、岩浪淑枝さんというそうですよ。東條英機の長男、英隆さんのお子さん...

の続きみたいな、そうではないような。

「東條由布子さん」のことにコメントを下さった非戦さんに応信しようとすると、とても長いし大事なことのように思えたので、日記に上げることにしました。

特攻隊のことです。

沖縄の「集団自決」は軍に強制されたものではなく、自発的なものだったという意見があります。特攻隊も実際は強制なのに、志願したかのように言われていることは、有名です。多くの人はこう思っていませんか。

  1. 軍が特攻隊員を募る
  2. 志願兵が集まる。(ただし多くの特攻隊員は強制的志願だった。)
  3. 集まった志願者に、特攻命令が下された

じつは、こうではありません。なんと、大日本帝国の陸海軍は、特攻を命じていないことになっているんです。特攻は部下、特に第一線の将兵が、やむにやまれない犠牲的心情から,命令外の行動をとって個人的に体当たり攻撃を仕掛けた。だから司令官は特攻を命じたわけではなく、特攻の責任もない。これが、公式見解でした。

戦後になって「特攻を命じた」と証言する指揮官が現れましたが、戦争中はそういうことになっていなかったのです。海軍軍令部(最高司令部です)が特攻命令を出している命令書が残っていますが、特攻とは書いてありません。「奇襲攻撃」と書いてあります。書類上は、奇襲攻撃を命じたら兵員が勝手に突っ込んだという形になるわけです。

命令書には、普通ならばヘッドに「大海令」と記します。しかし特攻命令書には「大海指」とあります。法的に言えば「大海令」の責任者は、大元帥昭和天皇です。しかし「大海指」なら、責任は海軍軍令部どまりです。つまり特攻などという「統率の外道」に、天皇陛下がかすかにでも関わった形にしたくなかったのです。なんと特攻隊はそんなこととはつゆ知らず、責任もとってくれない天皇陛下のため、「天皇陛下万歳」を叫んで死んでいったのです。なんと可哀相な青年たちでしょうか。

では、どうして特攻に天皇を関わらせたくなかったのか。それはこういう論理です。

指揮官が命令を下す目的は、部下を死なせることではなく、敵を倒す事です。戦いで部下が戦死しても、それは「優勢な敵」のせいなので、指揮官の責任は問われません。しかし100%死ぬ作戦を命令した場合、その作戦が失敗したら、部下を死なせた責任は敵ではなく指揮官が負わねばなりません。

その責任は法的に言えば命令権者である大元帥に及びます。しかし天皇に責任を負わせるわけにはいかない。天皇に責任を負わせられないならば、軍令部や参謀本部の誰かが天皇の身代わりになって自決でもしなければおさまりません。だが、誰もそんな覚悟をする指揮官がいなかった。結果として命令書を「大海指」にして天皇の責任を遮断した。しかも「奇襲攻撃」ということにして、自らの命令責任も回避した。

こういう構造になっていたわけです。えらいさんの言うことを真に受けたらひどいことになるという典型みたいな話です。

元自衛官でありながら私が反戦を唱えているのは、隊内にいた時に図書室に備え付けてあった防衛庁監修『戦史叢書』を何十巻も読んで、いやというほどそういう事実を知らされたからです。戦争の実相、その歴史事実をきちんと知れば、誰でもウンザリすると思います。

でも、頭コチコチに凝り固まったら、なかなか……ねえ。あ、相手側から見ればこちらが頭コチコチに見えるのか。うん、そうならないように気をつけよう。私の場合はたいがいお酒飲んで頭ホヨホヨにしてるから、コチコチになれないと思いますけどね(^_^)v