[慰安婦容認]韓国軍慰安婦問題を論じる際の立場性

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1902326243&owner_id=12631570

橋下の慰安婦発言は許せないというなかで、米国に噛みついている点だけは評価するという人がいて、驚きました。

「日本軍慰安婦が悪いというなら、朝鮮戦争やベトナム戦争の米軍慰安婦はどうなんだ!」

たしかに、米国の二枚舌には怒りを覚えますし、米国にたてつけない情けない政治家ばかり見ていると、橋下が頼もしくみえるのかも知れません。

言っていることも、事実です。朝鮮戦争のときに韓国軍は慰安婦を制度化しており、米軍も使ったそうです。一部には強制もあったようです。

しかし、橋下がすっかり忘れていることがあると思うので、メモ的に自分の考えを整理しておきます。

問題にアプローチする姿勢なんですが、次の3つの立場性を忘れてはならないと思います。

(1) 客観主義的評論者でなく、主体的当事者として語ること
(2) 被害と加害の関係性を考慮すること
(3) 被害を生まない社会を目指す立場に立つこと

具体的に考察します。

まず日本軍慰安婦については、私たちは直接的責任者ではありませんが、加害者である大日本帝国の戦争責任を継承した日本国の主権者です。その当事者性をもって日本軍慰安婦を語らないと、単なる評論に過ぎません。侵略と被侵略という関係性や、植民地宗主国と植民地という関係性を考慮しなければ、ただの歴史談義にしかなりません。

日本には二度と日本を加害国にしないという立場性が求められています。

韓国は被害当事者として発言しています。二度と加害を許すものかというのが、その立場です。

米国はデモクラシーを守るために大日本帝国ファシズムと戦った当事者として、語っています。何十万人もの戦死者の命を無駄にしないためにも、自分が討ち滅ぼした戦前イデオロギーの復古を許さないという立場です。

3つの立場は一つの価値観を共有していますから、平和的に並立が可能です。

ここに別の立場性を持ち込むと、対立が生じます。いま私たちは、橋下問題という形で、それを見ているのです。

ところで、韓国軍慰安婦についてはどうでしょう。

加害者は韓国政府で、被害者は韓国民です。それは内政問題であって、日本は局外者です。日本が当事者性を持てるとすれば、性奴隷を根絶しようと努めている国際社会の一員に連なって発言する場合だけです。

つまり、日本軍慰安婦についてその加害性を認識し、再発を許さないという立場性を確保する中で、初めて有効な発言ができるのです。

日本軍慰安婦と韓国軍慰安婦を相対化して語るのは、加害性をあいまいにする役割しか果たさないから、歴史のなかで意味を持たず、説得力がありません。有り体にいって、屁理屈でしかない。

まして日本軍慰安婦の国家関与や強制性を否定し、あいまいにする立場の発言は、有害な雑音でしかありません。私はそのように判断します。

橋下が米国を訪問したら、そうした立場性からの批判的質問を浴びせられ、やり込められるのではないかと予想しています。なんで日本メディアはそうしないんだ?