米兵の犯罪について考える(1)

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今月23日、沖縄県北谷町で「米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会」が開催されます。

こういう時には必ず反対意見が現れますな。
米軍基地被害を容認し、米兵犯罪をうやむやにしたい奇特な方々の意見を紹介すると同時に、彼らの意見について自分の考えを述べていきたいと思います。

ここに書くことはすでに「沖縄教科書問題」コミュで書いたことです。
なんで、すでにお読みになられた方もいらっしゃいます。
せっかく書いたので、こっちに引越しさせようというセコい意図です。
なはは

米兵の個人犯罪なのに沖縄県民が米軍基地撤去を要求するのは米兵差別か

<県民大会反対派の言い分>

少女が暴行されたと訴える事件がありましたね。米兵が逮捕されましたが容疑を否認しているようです。犯人かどうかが未確定の状況ですが、特定の団体が勢いづいているようです。主張内容は、「犯罪があるなら沖縄から基地は出ていけ」とか。呆れるやら、その差別意識に嫌悪感が出るやらです。

沖縄県民による強姦事件が無かったのでしょうか? 在日米軍の犯罪率は中国人や韓国人より多いのでしょうか? 日本人による犯罪率はどうなのでしょうか? 冤罪かどうかは分かりませんが、明らかに差別でしょう。人間らしい理性は持って貰いたいと思います。

少女の被害や米兵の犯罪に対して基地排斥を謳うなら、県民がレイプした時にどのような行動を取るのが差別ではないのか考えてみては?
○○さんがレイプしました。
(○○さん)は貴方の同姓としましょうか。
「○○一族が居るからレイプが無くならない!○○一族は沖縄から出ていけ!」
沖縄の○○さんが東京で犯罪を犯しました。
「○○一族のせいで東京は安心して暮らせない!○○一族は島から出るな!」

こんなレベルの話は私には呆れるしかありません。公正な捜査については、公正な意見を持たない人間が公正さを要求しても資格無しと私は見ます。差別主義者が、どの口で偉そうに喚いてるのかと。

この意見には3つの方向からアプローチしたいと思います。

まず、この主張はあたかも県内世論が基地撤去一色に染まっているかのように描いていますが、実際には多様な意見があります。その面を無視しているのが間違いです。集会には米軍基地強化を容認している勢力も参加します。要求の最終的な決着点は異なりますが、そのことを理由にして、米兵犯罪を追及する独自集会を別に開く予定はないようです。それはなぜかと言えば、基地強化容認派の視点から見ても、米兵犯罪が治安を乱しているのが明らかであるからだと思います。

相手は、条約と政府間協定に守られた、外国の国家機関です。県民世論が分裂していては、小さな要求でさえ通らないでしょう。だから立場の違いを乗り越えて一致団結しようとしています。

特定の意見をやり玉に挙げて差別し排除することは、結局は要求運動を分裂させて敗北に導く間違った方法です。大会反対派の主張は、結局のところ要求が通らない方向に運動を進めよと言っているに等しいのですね。(まあ、それはそうしたいからなんでしょうけど)

つぎに、差別という面を考えます。

「米兵が犯罪をおこせば出て行けと言うのは、沖縄県人が東京で犯罪を犯したら出て行けと言うのと同じだ」

そうでしょうか。この比較が成立するためには条件があります。それは沖縄県民が他の都道府県で法的に特別の地位にあるならば、という条件です。

たとえば米兵と同じように、沖縄県民が他府県で犯罪を犯しても、凶悪犯か現行犯以外は不逮捕特権があるとしたら、です。米兵が本国に帰ってしまえば処罰されないのと同じように、沖縄県民が犯罪を犯していても沖縄県に帰ってしまえば処罰されないとしたら、です。取り調べには、必ず沖縄県職員が立ち会う特権があるとしたら。車検のない車を、免許なしで運転できるとしたら。

こういうことになっているのなら、それこそが差別でしょう。その特別扱いの中で、沖縄県民による犯罪が他を圧して多いとしたら。都道府県民が、その差別的取り扱いをなくすように政府に要求しても改まらなければ、沖縄県民排除世論が勃興しても不思議とは思えませんね。

そして米兵はまさしくこういう差別的取扱いがされているのです。犯罪そのものは個人の行為であるとしても、それは大きな不公正と差別構造の中で引き起こされているのです。だからその構造そのものを改めようというのは、差別でも何でもありません。むしろ差別解消の運動なのですよ。

つぎに基地撤去要求は間違っていないということです。
その要求が成功するかしないかは別にして。

ここでは取りあえず基地撤去要求の「イデオロギー的正しさ」は無視して、基地撤去を要求している人々の純粋な願いとは無縁に語ります。が、それは基地撤去要求が正しくないというのではありません。その要求が「正しい」か「正しくない」かを問うことはせず、国益という視点から純粋にプラグマティックに語ろうと思うのです。

ちなみに前置きしておきますが、私は常々、非武装戦略は間違っていると語っており、米軍のプレゼンスが東アジアの安定に一役買っているのを認めています。

しかし、です。

沖縄の米軍基地は、日本が頼み込んで置いてもらっているのではありません。米国の世界戦略の一環として、米国の都合で設置しているにすぎません。米国の戦略が変化すれば、どんなに日本政府が頼み込んだとしても、米国の都合で一方的に撤去されるでしょう。

出て行けという要求が通る時。それは米軍にとって沖縄が不必要になった時でしょう。今のところ、米軍は沖縄の基地を必要としています。今はいわば売り手市場なのです。ならばできるだけ高く売りつけるのが、国益に適っているのではないでしょうか。

基地撤去要求を引き下げるのは、いわば買い手が値切る前に売り手が値下げするようなもので、それはむしろ国益を裏切る行為に他ならないと考えます。沖縄にいたいのなら、犯罪を犯すな。犯罪を容認するのなら、出て行け。

きわめてシンプルで分かり易く、正当な意見ではないでしょうか。
この程度の論点整理ができない人だけが、「差別だ、差別だ」と空しくつぶやき続けるのだと思いますね。