大連立は1941年の悪夢の再現か

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大連立で救国内閣を、3次補正で円高対策も=野田財務相
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民主党の党首選と、あるいは総選挙の争点は次のようなものであるべきだ。

  • 大連立=大政翼賛会に賛成なのか
  • 民主主義を維持するのか

さて、史上初めて脱・原発方針を表明した首相である菅直人を、原発に固執する勢力と反・原発派が寄ってたかって引きずり下ろすという、不思議な大騒動のあと、この国の進路はどうなるのだろう。

もしかすると実現してしまうかもしれない、大連立について考えてみよう。

大連立は未曾有の危機に対処するためだと自民党はいう。それならば、疑問に思うことがある。自民党はどうして菅内閣にもっと協力しなかったのかということだ。自民党は、どうして復興法案をすんなり通さなかったのだ。自民党は菅直人のやることなすことに理由のない反対を繰り広げ、復興を妨害し、脱原発方針の足を引っ張り続けたではないか。

そして自民のせいで身動きの取れなくなった菅直人に対して、「実行力がない」「何もしていない」と本末転倒した非難を浴びせかけたのだ。菅が何もしていないのではないのだ。菅が何もできないようにし向けているのは、お前だろ、自民党!

政権に復帰するためなら、被災者をそっちのけにして政争を仕掛けて恥じない政党。それで被災地の復興がどれほど遅れようが痛くも痒くもない政党。それが自民党という政党ではないか。復興のためにそんなのと連立を組む? 悪夢だ。

さて、この「未曾有の危機」とやらの宣伝に現実味を与えているのが、反・原発派だ。たしかに原発事故は重大だし、福島第一原発周辺は高濃度の汚染が深刻な状態だ。しかし、「半径80km圏は人が住めない」だとか「東京もチェルノブイリ級の汚染」だとか、デタラメを吹聴して過剰な危機感をあおり、する必要もない対策を要求して、その要求に応じないから菅内閣を倒せと叫ぶ行為が、結果としてどんな事態をもたらしているのか、分かっているのだろうか。

反・原発派は、菅直人が信用ならないというのなら、他に誰が信用できるというのか。原発勢力とズブズブの自民党ならいいというのか。党勢維持のためなら誰とでも手を組む日和見政党・公明党が信用できるのか。「原発ゼロは難しい」「止めている原発を再稼働する」と明言している野田は菅よりましなのか。一体、あなたがたは何を求め、何がしたいのか。

ちょっと恐怖をあおられたら過剰に反応してしまう市民の姿をみて、「放射能の恐怖」をあおれば脱・原発が近くなるように思っているのなら、大きな誤算だと思う。

世論調査をみればわかるだろう。原発を無くせという声は多数派だが、支持政党は原発推進の自民党が多い。つまり多くの有権者にとって、選挙の時の選択肢としては、原発政策は2番手、3番手なのだ。

脱・原発を候補者選びの基準にしない有権者の方が多いのだ。円高、不景気、失業問題の方が優先というのが、有権者の本当の声だろう。

自民党がいくら景気対策をしても、どうにもならなかった。「失われた20年」を作り出したのは、自民・公明政治だった。

菅直人は、派遣労働者など末端の労働者の待遇を改善したり、生活者としての国民の生活支援を通じて経済を活性化しようとし、実現を図ってきた。しかし進みつつあったその大胆な改革の姿が報道されることは、ほとんどなかった。まことに口惜しい。

反・原発派が、自分たちの運動で菅を引きずり下ろしたなどと浮かれていたら、選挙の結果、大政翼賛会政治の実現、そしてその中での自民の復権と原発推進への逆戻りという、手ひどいしっぺ返しが待っているのではあるまいか。私はそれが恐ろしい。

私は確信している。現今の危機は、大連立などなくても乗り切れる。復興に向けて努力している民主党をたたくのではなく、それを妨害している自民党などに対して、どうしてもっと協力しないのかと国民は非難を浴びせるべきなのだ。

国民の声で、自民党が復興を妨害できないようにするのだ。そうすれば、必ず日本は立ち直れるはずだ。しかし、私などがゴマメの歯ぎしりをしていても、世論はもう脱・民主に走り出しており、止められないように思ってしまう。

時の流れに圧されて、理性では負けるとわかっている戦争に情動的に乗り出してしまったのは、1941年だった。それから70年後。またしてもわれわれの社会は、理性を投げ捨てて一時の情動に踊らされ、地獄に舞い戻ろうとしているのだろうか。