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これは1月15日の日記「強制集団死の「強制性」を考える──軍命令とは何か?」に付されたTAKUMIさんのコメントに応じるものです。
「統帥権の独立」について私の意見を述べたいと思います。天皇が軍を率いる権限を「統帥権」といいます。昭和になってから軍部は、「軍だけは他の国家機関と違って天皇に直属している」と唱えはじめました。軍の装備や予算について政府があれこれ口出しするのは天皇の「統帥権」を犯すもので、許されないと無茶な理屈をこねたのです。軍の数々の乱暴な行為を根拠づけるのに使われたのが、この理屈でした。「統帥権」は明治憲法11条と12条に根拠を有するそうです。
第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
第12条 天皇ハ陸海空軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
この規定によって軍は、「我々は天皇にのみ従う。政府に口出しの権限はない」と主張したのでした。しかし本当にそんな解釈が正しいのでしょうか。まったくの大間違いだと思います。
第11条は天皇が最高司令官であることを定めています。が、それだけのことです。このような条文は第11条だけではありません。
第4条には「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」とあります。天皇が統治権を独占しているという規定です。統治権には行政権も含まれます。この規定をもって、「行政権は天皇大権である。政府に対する議会の干渉は統治権干犯である」などと政府が言ったのではたまりません。
第6条には「天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス」とありますが、これを根拠に法務大臣が「政府の提案する法律案を裁可できるのは天皇だけである。よって議会が法律を審議するのは天皇大権干犯である」などと言い出したら憲法秩序が成り立ちません。
ですから第11条を理由に「統帥権の独立」を唱えるのは、無理な理屈です。
つぎに第12条は軍閥、藩閥の跋扈をおさえ、国家の一体性を担保する条文です。似た条文としては第10条に「天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス」とあります。公務員の待遇は天皇が定めることになっています。そこで第10条を根拠に役人が「内閣と議会が公務員の給料を決めるのは天皇大権干犯である」と叫んだらどうなるのか。
こんな理屈が馬鹿馬鹿しいことは、子どもにでもわかることです。軍部が「統帥権の独立」をたてに政府の関与を拒否するのは、これと同じなのです。要するに屁理屈です。
このように「統帥権の独立」=「天皇大権にのみ従属する」のは何も軍についてのみ言えることではありません。帝国憲法のもとでは、すべての国家機関にあてはまることでした。その当たり前のことを、さも特別のことであるかのように、軍が言っていただけのことです。軍はこんな屁理屈を唱えて、あとは力任せに政治を壟断していったのです。
「統帥権独立」の弊害として、大本営に政府代表が参加できなかったという点がよく指摘されます。そのため軍事戦略と外交戦略が相互にバラバラであったと。だから軍の暴走を止められなかったのだと。しかし大本営とは、単なる条例(軍令)で作られた機関でしかありませんでした。こんなものに国全体が引きずられたのですから、「天皇大権の錦の御旗」の威力や恐るべしという所ですね。
つぎに、それでは軍は本当に「統帥権の独立」を尊重していたのでしょうか。昭和陸軍は天皇の統帥を無視して、独断で軍を動かすことが、多々ありました。満州事変しかり、北支攻略しかり、南京攻略しかり、です。政府の干渉を拒絶するために「統帥権独立」を錦の御旗としてふりかざしつつ、実際には「統帥権」をちっとも尊重しないで好き勝手に振る舞っていた。それが昭和陸軍でした。
昭和陸軍とは、戦争さえ強ければ、政府や天皇の意思になど従わなくてよいという軍隊でした。戦争に勝つためなら、軍内部でも上級の命令を無視するようになるのは、当然の成り行きでした。しまいには序列が無視され、上部の作戦指導に下部が従わず、中央の命令を現地軍が握りつぶし、とても近代国家の軍隊とはいえないような無統制な組織に堕落して、非常識な戦いを繰り返したあげくに瓦解していったのが、帝国陸軍でした。うんざりする話です。
一度権力機関が暴走し始めると手がつけられなくなる見本が、ここにあります。なにも軍だけに限ったことではありません。現代政治と全く無縁の話とは思えないのですが。
<追記>2008/1/20
戦前は天皇にすべての権力が集中しているかのような法体系を持ちながら実際には天皇は人形だったという指摘があり、それはおそらく事実でしょう。天皇に責任を押し付けつつ、しかし天皇は無答責であって神聖不可侵でした。なのに庶民はというと、天皇の権威に逆らうことは死を意味しました。
『ナニワ金融道』の名言ですが、日本は戦前から「ばれなんだら何をしてもええ」国で、しかしそれで利益を得るのは力を持っている勢力だけです。「貧乏人は踏みつけにされて、しかも法律を守らなあかん」のです。建前ばかりが異常に強調され、しかしその建前は下へ下へと強制されるのです。
戦前の天皇が戦後はアメリカなのかも知れません。アメリカとの協調を最大の理由にして、イラクやアフガンに自衛隊が派遣されています。「国際社会との協調こそ日本国憲法に忠実なのだ」と与党議員は叫んでいます。旧軍も「統帥権」は帝国憲法から逸脱するものではなく、むしろ帝国憲法に忠実な立場なのだと唱えていたことと対比して、興味深い現象ではないでしょうか。
アメリカ一辺倒の姿勢で憲法をないがしろにしている現政権の姿は、まるで「統帥権」を盾に帝国憲法を蚕食していった軍部や翼賛議員のようです。でもアメリカは日本に対してけっして責任をとってくれません。まるで無答責の天皇みたいなものです。
戦前体制は、いまだ死んでいない。むしろその有り難くない遺産は、日本社会のかなり深い所にまで残存しているようだというのが、私の印象です。困ったことです。